それなりの警戒やら最低限の安全確認は、まま、職務上の基本だからおくとして。そんな物騒なものをいつもいつも念頭においての予期なんて、滅多にしてはいないけれど。自分の身をさておいてでも、何をおいても守らねばならぬ存在を持つ以上、嗅覚が鋭敏になったのは否めない。
――― ザッ、と。
まだ時々曇天の続く日の、肌寒い風の中。常緑とはいえ、まだ冬の重たげな緑をまといし茂みの続く、市民公園内の小道にて。突然現れた凶刃と向かい合うこととなってしまったサンジだったりし。思い込みという勢いだけを馬力にし、凶器を握った手だけ腕だけを伸ばしてくるような“素人”じゃあなく。得物を腹に添えて固定したまま、体ごと突進して来て、しかも…躱されたとしても捕まらないだけの、その後のことまで包括されてる、機能的で無駄のない身ごなしが、これは間違いなく武道という方面での玄人に違いなく。
“しかも、対人攻撃にこうまで落ち着いてやがるとなると。”
暗殺やテロ行為への玄人でもあるということか。ただまあ、害する対象が“会場を下見に来た隋臣でもいい”なんてのは、あんまり大きな組織じゃねぇって情けない事情までもを露呈してもいたけれど。
「…俺もそうそう暇じゃあねぇんでな。」
ここR王国では、毎年の、国を挙げての恒例行事でもある、春を迎える祭典が間近い。国中で大騒ぎをするフェスティバルは、観光の目玉にもなってる催しで。王宮にも政府にも、ちゃんと祭事担当の所轄がありはするが、それでも…翡翠宮が構えましたという出し物には、自分たちで手をかけ、注意を払いたいからと、可愛い王子様が仰せだったので。落ち度のないよう、念には念をと、準備の進行やら、現場の状況なんてものへと、俺やナミさん、長っ鼻に緑頭が、本来の職務の合間なんぞに、こうやって確認に当たっているのだが。
『で? 今年は何をするんだ? 企画部長』
『それがな。ルフィとも相談…いやさ合議をした結果、今年は綿飴プレゼントに決まった』
『おうっ!』
大威張りでのお声を挙げた王子様、くどいようだがもう二十歳だ。ちなみに、国王陛下からの内密のご沙汰があって。この5月の誕生日からは“何歳”と冠しないようにというお達しが、暗黙のうちに王宮内で広まっているのは…本人にだけは内緒である。(笑)
『俺の挨拶のVTRを観てくれた人に洩れなく、綿飴のプレゼントだ』
挨拶といっても“みんな元気か? ルフィだvv”程度の短いの。それがアトランダムに流される屋外テレビを設置して、その周辺で綿飴を配ろうというもので、
『綿飴の棒はチョコでコーティングしてあって、
先っちょをこそぐと、何本かに1本当たりがあるっ』
そこが、彼らが知恵を絞った今年の目玉なところであるらしかったが、
『あら、当たったら何がもらえるの?』
『それは楽しみなこったな。』
そ〜れは楽しげに、にこにこと応じたナミとサンジに続いて、
『まさか、綿飴もう1本ってな、単純なことじゃねぇよな?』
ゾロがそうと訊いたところ、
『………お、おうっ。決まってんじゃねぇか。』
馬っ鹿だなぁ、ゾロは。そんな子供だましな運びなわけが、ない、じゃあないか…………。声が尻すぼみなそれとなってから、そそくさと皆から離れた約二名、
『〜〜じゃんかよっ。』
『けどよ、〜〜〜だから〜でだろ?』
こっちに背中を向けておでこを寄せ合い、いきなりの検討会議に入ったルフィとウソップであったりし。
『今の今、慌てて考えてんな? あの二人。』
何だかなぁと呆れたゾロへこそ、大人げないと呆れたのがサンジとナミだったのは言うまでもなかったりし。
『ちっとは気ぃ利かせてやらんか、マリモ』
一部の大人が気を遣う中、それでも何とか新しい案が出たらしく、再びの意気揚々で振り向いた王子様。びしっと、人差し指を追っ立てて言うには、
『当たった人は抽選で、ナミかサンジとデートが出来るっ。』
おおう王子様、太っ腹vv…じゃなくって。
『ちょ…ちょっと待ってよ、何よそれ。』
途端に“微笑ましいわね態勢”で見守っていたナミが仰天し、サンジも同じ勢いにて、
『俺は忙しい身なんだぜ? そんなのに応じてる余裕は…。』
たちまち、不平反駁のお声が上がったのは言うまでもなかったものの…。
『………ダメ?』
小さな顎を引いて、眸を潤ませもっての、必殺の上目遣いにて、小さな王子が該当者二人を伺えば、
『…う。』×2
王宮一の美人と美男とデートだなんて、凄げぇ景品になんだろにって思ったのにと、ウソップが白々しいコメントを並べるまでもなく、あっさり陥落した誰かさんたちだったりしたらしく。
“…そういうお呑気な回想シーンは、そこまでにしといてくれねぇか?”
今はそれどころじゃねぇからと、額の隅へぴききっと青筋おっ立てて、王宮で一番の美男と謳われた金髪痩躯の隋臣長さんが、一気にその憤懣を尖らせる。今時の世界的に普遍の、所謂“スーツ”とも違ういで立ちなのは、王宮侍官としての職務中だったから。襟から連なる前合わせにあたる部分が、左右ともに幅広に折り返されていてボタンのない、ちょいと古風な型の、裾長のジャケットをはためかせ。サテンに見えるが結構融通の利く生地の筒裾のパンツに包まれた、長い御々脚、踏み変えて。最初の不意な一撃、猛烈な突進を紙一重で躱してやり過ごしたサンジだったが、
「………っ。」
ごっついシーナイフを両手で構えて脇に引きつけ、がっつりと抱え込んでいたのは、腕力がさほどないからかと思や、そうでもないらしく。体当たりを躱されたそのまま、踏み出した足で絶妙なブレーキをかけ、それは素早く、体ごとの方向転換を決めると、切っ先が風を切った音、風籟がひゅっと確かに唸ったくらいのスピードで、今度は腕を長々と延ばして、こっちの胴を突いて来た刺客であり。
“うわ、凄げぇなこいつ。”
近年のテロ行為は爆発物が主流で、ついではピストルによる狙撃。こんな至近へまで寄っての“特攻(カミカゼ)型”は、今時には流行らないのか、そうそうあるもんじゃあないけれど。相手を見定めてるから確実で、しかも準備が要らず融通も利く、成功しても失敗しても関係なく、覚悟を決めてた執行者が自決を決めれば、誰がやったか何処の組織の差し金かを謎にするには持って来いとあって、古来より暗殺の基本ではある。
“しかもこいつは手練れらしいしな。”
何度も殺やって経験値を積んだ…ということは、襲撃のたび、何度も逃げ果せているということ。
“どこぞの護衛官みたいな、ただの力馬鹿ではないってことかよ。”
王宮づきの一官吏とは思えぬ気魄をたたえ、口元を仄かに歪めたサンジは、不敵な色合いにて笑って見せる。どうでもいいが…引き合いに出したゾロさんに、ナマスにされても知らないぞ。(苦笑)
「隋臣長殿っ!」
「サンジ様っ!」
当然のことながら、単独でいた彼ではなく。補佐として同行していた係官らが駆け寄って来かけたが、それらへは…真横から後方へと腕を差し渡すようにすることで“制し”の指示を見せて、それから。
「こいつは俺が。お前たちは人払いを。」
此処は街中の緑地公園内だから。何も知らずに無辜の市民が通りかかれば、巻き添えとなっての怪我をしかねない。短い言いようでそんな配慮を読み取った部下たちが、
「はっ。」
了解の声も速やかに、そのまま四方へと散ってゆき、
「…さぁて。」
この指示を出したことで、ついでに部下たちをも遠ざけた格好になったところが、相変わらずのサンジの采配の巧みさだ。ただ下がれと言われてだけでは、彼らもまた王宮侍官としての気骨があるからこそ、こんな修羅場、本来ならば自分らが盾になるべきと思うもの。上司を一人残してなんて、離れられぬに違いなく。だが…。
“ちょいと力量に差があり過ぎる。”
細い顎先まで降ろした真っ直ぐな金髪の陰から、青い眸を鋭く尖らせて。相手をまじまじと見据えている。五分刈り頭に着ならしたトレーナーとカーゴパンツ。観光客には見えないが、現地の人間でもなかろうことは明白だ。いくら平和な国だとて、どんな不平分子がいるものだか判らない…のは承知の上で。それでも…現地の人間だったなら、
“王宮に不満がある奴が、
ルフィの似顔絵のついたトレーナーを着はしなかろう。”
胸元にアニメタッチで猫化してのデフォルメをされたイラストがあり、R王国の民だったら、それがルフィの似顔絵だってことくらい、誰でも知ってることだから。
“しかも、プレミアものの、17歳、帯刀式の年度のだしな。”
あくまでも国内の事情ながら、だからこそ、そんな目立つ代物、敢えて王宮派だとしたかったとのカモフラージュに選んだ…としたくとも相当に無理がある。…なんてなことを胸中にて算段しつつ、目線は相手の眸へと据えたまま。
「………。」
相手が身を置いているのはこちらの隙を探しての静止だが、ならば、と。靴の底にて細かい砂を石畳へと摺り合わせ、じゃりっと片足を後方へ引いて見せれば、
――― 哈っ!
撤退の構えと解釈したか、それを追い立てるが如くにの間髪入れず、バネ仕掛けの何かしらを思わせる鋭い反射で、飛び出して来た相手であり、
「…っ!」
身を沈めもしない一気の跳躍には、正直少々度肝を抜かれたものの、
「嬉しいねぇ、こんな練達がわざわざ相手してくれるとは。」
隋臣長というと、ルフィ王子の公私とものスケジュール管理や外交職務の補佐を統括する、一種“事務官”だと思われがちだが、さにあらん。あの砂漠から迎えた“剣豪”殿が専属護衛官の座に落ち着くまでは、彼こそがルフィの最も間近でのボディガードを兼任していたくらいであり、
「呀っ!」
サンジが突然に一歩を引いたは、釣り出すためのための誘いと、それから。体をやや倒すことで、その身を撓らせ、煽りつけての、軽い“助走”とするがため。引いた足に移ろうとしかけた重心。だが、引いた足はそのまま地を踏み込んで、強く蹴る。それによって重心を前へと押し出し、更には…踏み込んだ後脚をぶんっと大きく旋回させて振り上げると、突っ込んで来た相手の手元へ、真横からのきつい一撃として叩き込む。
「…なっ。」
結構な握力で掴んでいたのだろうに、それでも…思わぬ方向からの襲撃と、甲を思い切り爪先で抉ったその威力とには堪こらえも利かなかったらしくって。その手から弾き飛ばされたナイフを、信じられないもののように見やり見送る相手の顔が、ともすれば哀れなほど滑稽で。
「すまんな。俺はこの通り、足癖が悪くてよ。」
蹴り込んだ一撃は、そのまま宙を縫うように泳いで。相手の顔面へと靴底を埋めると、ぐっと押し込みながら、その場でのターンを決める。
「ぎゃあっっ!」
堅い靴底で立ったまま顔を…それも凄まじい圧で飛び込んで来たそのまま踏みにじられては、どんな猛者でも戦意が弾き飛ばされよう。しかも、ぐりんっと踏み付けもって、自身の体を錐もみ状態に旋回させつつ宙へと浮かせたサンジは、そのまま…もう一方の足の踵にて、狙い違わずがっつんと顎を下から蹴上げてやったから堪らない。踵落としの逆、ボクシングでいうところのアッパーカットを、踵なんていう頑丈な部位で決めたのだ。
「…っ。」
「ただの優男だと舐めてかかったな。」
俺を標的にする奴ァはみんな同じ轍を踏んでるんでねと、口元だけでニヤリと笑う。その痩躯は伊達男ぶりから華奢なんじゃあない。鞭のようにみっちり隙なく強靭に、筋力が凝縮されているだけのこと。
「…あ。」
一般人の進入を規制したと。部下たちが四方から戻って来た頃合いには。人事不省状態でうつ伏せに伸びている刺客の背中に腰掛けて、横顔もまたなかなかに冴えた容色なのを心持ちうつむけて。隋臣長様ともあろうお方が、手持ち無沙汰をかこつように、細い紙巻きをくゆらせていたところだったそうな。
おまけ。 
この騒動の一報は、当然のことながら王宮へも伝えられ、襲われたのが王子ではなくてよかった、などと、侍官らはホッとしていたらしかったが、
「何言ってんだっ!」
さすが、我らが王子は“良かった”じゃあないと目一杯怒って、王宮に戻って来たサンジをそのままお部屋まで呼び立てた。しわの一つも、埃ひとつとして増やしてないいで立ちのまま、お呼びでしょうかとやって来たお兄さんへ駆け寄ると、あちこちぐるぐると見回して確かめてから、
「危なかったんだろうによ。」
背の高い相手を…案じたくせして恨めしげに睨み上げれば、隋臣長も負けてはいない。
「おや、殿下。俺様の実力、舐めておいでじゃあござんせんか?」
目上へ自分を様づけする、困った侍官なのは今更だし、
「…サンジが強いってのは判ってるけどもサ。」
向かい合ってた懐ろへ、ぽそりとおでこを凭れさせ。
「………心配しちゃあいけないのかよ。」
いつだって楯になってくれてたサンジ。ホントだったら必要ない武道の精進も身につけて。それでも怪我も一杯したし、なのに…泣いたり痛いって喚いたりしたトコ、ルフィはあんまり見たことがない。そんなことをしたら、せっかく庇ったルフィが泣くからと、うんと小さいころからのずっと、守り続けてるポリシーだとか。そして…今もそう。
「…る〜ふぃ。」
無事にやり過ごせたんだからと、そんなして心痛めてくれるなと、小さな背中をぽふぽふと叩いてくれる。
「………。」
案じられちゃあ本末転倒、何にもならないってのにね。こうやって無事を確かめてくれるのが…その暖かさが格別に嬉しいサンジだったりし。
「〜〜〜。」
何か言いたげに見上げてくるのを躱すように、
「ところで…例のデート云々、なんでゾロは免除なんだ?」
別な話題…例の綿飴のご褒美の件へと話を素早く切り替える。
「俺が“タイプじゃない”ってご婦人も、ちょっとくらいは居ようによ。」
こんな荒くたい奴がと思うと色々と癪ではあるものの、人気とかいうもの、自分と二分しているという世間様からの評は、どんなに聞かない振りをしてたって届く。なのになんでまたと、こっそり聞いてみたところ、
「そんなことがこなせるほど器用じゃないから。」
すっぱり言ったルフィだったが…ちょっぴり頬を膨らませていたあたり、
“…ははぁ〜ん。”
いくらプレミアムに過ぎないとはいえ、王子以外の誰かをあやつにエスコートさせたかないのだなと。あっさり判った自分の察しのよさがちと恨めしい。
……… と。
ちょっとだけ背伸びをして、こちらの額へおでこを寄せて来た王子様。内緒話かなと これまた察して、顔を横に向けかけたらば、
“…え?”
両方の頬を両手で軽く挟まれて固定され、
「サンジは俺ん構けるので手一杯で、本気になんてなんないだろから、それで安心してんだぞ? いいか?」
「…はい?」
何だかムキになってやいませんかと鼻白みかかったところへの矢継ぎ早、
「デートたって、一回こっきりなんだからなっ。///////」
「………あ。」
いや…だから。不祥事とか起こさぬようにっていう方向での信用の話だろうと。思ってみようとするもんの。このルフィにそういうことを思いつけるもんだろかとか、顔がどうしても やに下がってしまうのが困りもの。
――― ああ、そういやもうすぐ誕生日なんだ俺。
このお顔、忘れないように覚えとこう。
自分なんかへムキになってくれた、
大切な王子様の大好きなお顔………。
HAPPY BIRTHDAY! TO SANJI!!
〜Fine〜 07.2.28.
*うわぁ、すごい無理やりにBDものにしちゃったぞという感じですね。(苦笑)
このお話しはそんな前提で書き始めた訳じゃあないので、
今年のサンジさんBDものは、もしかしたらばもう1本書くかもですvv
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